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クラシックのレコード

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私の勝手なレコードアルバム


「われらの」ベートーベン(07/09/13)

ベートーベン 交響曲第5番,第7番
ドゥダメル指揮 ベネズエラ・シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ
DGG 00289 477 6228

ドゥダメルはベネズエラの指揮者で25歳,彼も,そしてここで演奏しているオーケストラのメンバーも,南米ベネズエラで教育を受けた若者たちである。彼らは裕福な家庭の子弟ではなく,一度は犯罪に手を染めた者や「ストリートチルドレン」であった者たちも含まれている。そうした子供たちにも楽器を与え,アンサンブルを経験させることで社会性や協調性を育てようとするのがベネズエラシステムだが,その「副産物」として優れた若い才能が輩出し始めている(わが国がこのシステムに対して楽器の寄贈など多大な援助を行っていることは日本人にとって誇らしいことだ)。

というような「物語」を伴わなくても,これは立派な演奏だ。2004年マーラー指揮者コンクール優勝のドゥダメルが優れた指揮者であるのは当然として,オーケストラのレベルや演奏もグラモフォンがCDを発売してまったく不思議のないものだ。「原典版」で失われて久しい懐かしく豊麗なサウンドの中で,とにかくすべての音がよく歌う。つまらない刻みや伴奏のパッセージでもメンバー全員が大喜びで演奏しているのがよく伝わってくるし,どんな陰に隠れた音でも「弾いてるぞ!」「吹いてるぞ!」と自己主張してくる。ここではベートーベンは歴史的資料として分析されるのではなく,現前するリアリティとしてまともに共感されている。

こうした感想自体がすでに「物語」を前提にしているのかもしれない。しかし,そもそもなんらかの「物語」なしにベートーベンを聴くということができるのか。戦中戦後の貧しい日本でベートーベンが背負っていた「物語」は五味康祐の「日本のベートーベン」に詳しい。苦悩を経た歓喜,というベートーベン物語が切実なリアリティを持ちうるのはもはや欧米や極東の「先進国」においてではなく,ベネズエラのような国においてなのだろう。日本人にとってベートーベンが再び「われらのもの」になる日は来るのか。

アンセルメ「運命」の謎(06/09/13)

ベートーベン 交響曲第5番
アンセルメ指揮 スイスロマンド管弦楽団
LONDON CS6037

ヤフオクにロンドン盤のアンセルメの運命が出ていた。このページの下の方にも書いてるように,この演奏は大好きですでにオリジナルSXLも含めてレコード4枚持っているのだが(笑),今回のは写真を見ると外溝ffssで初回プレス,マト1だろうと思ったし,安かったので買ってみた。届いたレコードはジャケットが多少傷んでいるもののブルーバックだし,盤も期待通りのマト1だったが,すぐにおかしなことに気がついた。SXLやキング盤のマトリクスは「ZAL-4075-1E/4076-2E」オイロディスク盤のマトリクスは「ZAL-4075-1E/4076-1E」なのだが,このロンドン盤は同じマト1でも「ZAL-3945-1K/3946-1K」なのだ。基本的に同じレコードなのにマトリクス番号が違う。どういうことだ? 通して聴いてみたら謎はすぐに解けた。このレコードのB面には他の4枚と違って「エグモント序曲」がカップリングされていないのだ。アンセルメの運命のLPは片面に押し込まれたSPA326(マトリクスはZAL-12607-2A)以外はすべてエグモントとのカップリングで,同じレコードだと思っていたのが間違いだった。

ところが謎はまだ続く。なんとこのレコードの裏ジャケットにはちゃんと「エグモント序曲」がクレジットされているのだ。(表ジャケにはエグモントがないのも不思議。SXL2003の表ジャケにはエグモントがクレジットされているのに。) つまりジャケットかレコードかどちらかが間違っている。他の4枚がすべてエグモントとカップリングされているところから,レコードが間違っていると考えるのが正しいだろう。ロンドン盤はイギリスとアメリカで発売日を揃えるために,英国向けのSXLよりも先にプレスされ船に乗せられたという。最初にこの外溝のミスプレス盤がアメリカに出荷されて,それからミスに気づき,SXLは正しいカップリングで出たということだろう。もちろんこの仮説を検証するには正しいカップリングのCS6037を入手せねばならないというわけで.......(06/09/13)。


Gravure Universalle(06/08/11)

フランク/交響曲
ミュンシュ指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー
CONCERT HALL SMS2519

今年の帯広はずっと寒かったのに8月に入って急に暑くなり,30度以上の日が1週間も続いた。これで冬は零下30度以下まで下がる。パロマ湯沸器の事故は安全装置のプリント基板のハンダが熱収縮で割れたのがそもそもの原因だそうだが,事故のほとんどが北海道,ひとつが帯広で起きているのはこうした極端な温度差と確実に関係していると思う。先日の東京出張で買ってきたレコードの一枚がこのミュンシュ指揮フランクの交響曲だ。以前にNHK-FMの「20世紀の名演奏家」で聴いていい演奏だと思っていたが,実物を見たらこんなにすてきなジャケットに入っていたのでジャケ買い(写真をクリックするともっと大きな写真が見れます。もちろん演奏もとてもよいので聴いてみて下さい)。

コンサートホールのフランス盤で「Syncro-Stereo = Gravure Universalle」(モノカートリッジでも聴けるステレオレコード)になっている。以前はこれはイギリス盤の「can be played on mono reproducers provided either a compatible or stereo cartridge wired for mono is fitted」と同じで,ステレオカートリッジのついたモノ装置でも聴けますよ,というだけの意味だと思っていたが,どうも欧州盤ではなんらかの技術開発がされてほんとにモノカートリッジでも聴けるステレオ盤であるらしい(ジャケットの説明)。しかしこの頃のフランス盤はEMIでも中身はドイツプレスのDGGでもみんな「Gravure Universalle」と書いてある(ドイツ盤のEMIやDGGには書いてない)。ドイツ盤も含めてみんなGravure Universalleなのか,それともフランス盤の看板に偽りありなのか,レコードの謎は尽きない。


ハーンちゃんでアハ〜ン?(06/05/10)

バッハ/ヴァイオリン協奏曲集
ヒラリー・ハーン(Vn),カハン指揮ロスアンジェルス室内管弦楽団
DGG 474 199-2 

最近買った新録音もので最も頻繁に聴いているのがこれ。曲が好きなのとオーディオ的興味で最新録音も押さえておきたいという理由でとくに期待せずに買ったもので,最初に聴いた時には演奏もとくにどうということもないし,録音もそれほどでもないなあ,という印象だった。ところが気がつくと繰り返し聴いている。ハーンちゃんの外見はムローヴァちゃんほど好みではなく(このジャケット写真は相当よく撮れているが),演奏がよくて聴いているのだと思う。最近巨匠モードに入ったムローヴァちゃんと違ってハーンちゃんは若い人ならではの素っ気ない演奏で,ところどころ「はいバンバン,これバンバン,はい弾けた,つぎバンバン......」的なところがある。でもそれがいいのだ。若いっていいなあ,まだまだこれからってうらやましいなあ,と思いながら聴いている。録音も比較的地味だがじっくり聴くと魅力的なところがある。


感動させないマーラー(05/03/14)

マーラー/歌曲集
クァストコフ(br.),ウルマナ(sop.),フォン・オッター(ms.),ブレーズ指揮ウィーンフィルハーモニー
DGG 4775329 

ブレーズ(私たちの世代はブーレーズと呼んだ。発音的にはNHK式の「ブレズ」が近いと思うが)のマーラーは何か気になって全部買って持っている。いわゆる新録音でこんなに毎回買っているのはムローヴァちゃんを除けばブレーズのマーラーだけだ。最近出たマーラーのオーケストラ付き歌曲を収めたアルバムも買い込んで聴いてみたが,とてもよいアルバムだった。すべてのテンポが正しいし,ウィーンフィルはやはりよい。それだけでなく,これを聴いてブレーズのマーラーがなぜ気になるのかがすこしわかった。

「亡き子をしのぶ歌」は何枚もレコードやCDを持っているのに,最近はまったく聴かない。自分が子どもを持つようになって以来,聴いていると悲しくて辛くてたまらなくなるのだ。とくにフェリアーとワルターのなんかいけない。せっかくオリジナルのイギリス盤10インチで聴いてるのに,3曲目のコーラングレが鳴り始めるともう耐えられなくなって止めてしまう。ところがこのCDは通して聴けた。悲しくなったりするよりも,曲の美しさや細部の聴き覚えのない音に集中しているうちに曲が終わってしまう。ブレーズのマーラーとはつまりそういうもので,前にも別のところに書いたように強い感動とかカタルシスみたいなことに食傷している「初老」の私にはその方が合っているのだ。人生後半の悲しみとか諦めというのは静かで穏やかなもので,ブレーズのマーラーにはそうしたものが秘めやかにちりばめられている。同じことが,とくに私よりずっと若い人たちに彼のマーラーが人気がないことの原因だろう。

一緒に買ったストラヴィンスキーの詩編交響曲などを収めたアルバム(4576162)もすばらしかった。とくに詩編交響曲の冒頭があまりに秘めやかなので驚いた。最近のブレーズの特徴は(その一般的なイメージとは正反対に)ある種の秘めやかさなのではないか。


490円とレコードの神様(05/02/02)

フローラン・シュミット/詩編47番
デュヴァル(sop.)他,ツィピーヌ指揮パリ音楽院管弦楽団
Columbia 33FCX171

「詩編47番」のフランスオリジナル盤(レーベル写真)である。この演奏は昨年CDで再発されて,こんなカッコいい曲があるのかと驚嘆した。しかし仏コロンビアのオリジナルLPなんて目の飛び出るような値段だろうし,手に入れられるとは思っていなかった。しかし手に入れた。それも490円。たしかに盤は傷んでいるがモノ針ならCDよりずっと良い音で聴けた。ジャケットもわりときれいなものだ。しかし490円。特別な店を見つけたわけではなく,東京出張では必ず顔を出すいつもの店である。ショーウインドウにはいつものように数万円のオリジナル盤が飾ってあった。しかしこのレコードは490円だったのだ。買って帰るとすぐに,私のレコード棚では最高の待遇(特別なビニール袋でジャケとレコード別収納)に収まった。490円でその待遇に収まるレコードは少ない。

ときどき,レコードの神様のようなものがいて,私が買うべきレコードと買う機会をきちんと選んで用意してくれているような気がする。あと何回くらいそういうレコードに出会えるだろう。


ロンドンの中古レコード店(03/06/06)

イギリスに行ったら中古レコード屋を踏破するぞ!と思っていたが仕事で英国内あちこち飛び回るのが意外と忙しく(あたりまえだね),結局きちんと見たのはロンドンの2軒だけだった。ていうか,もっと見ようと思えば見られたのだが,2軒目ですっかり満足してしまい,他に行くよりそこに2回行くのに時間を割いたのだ。

最初に行ったのは日本でも有名なOxford Circus駅近くの店。これは驚いた。なにしろ立派なお値段で,お茶の水では800円くらいで買えるようなものでも最低18ポンドから。しかし品揃えはたいしたもので,200ポンド300ポンドの貴重盤を大量に見て目の保養ができた。印象的だったのは日本盤のGRシリーズに軒並み30ポンド以上の値段が付いていたことと,日本人と思われる若者が数十ポンドのレコードをわんさかと買っていたことだ。私たちはここでは何も買わなかった。

次に行ったのはNotting Hill Gate駅近くの店で,ここは日本でいえばディスクユニオン,全英に展開している中古チェーン店の本拠地なのだが,クラシック,ロック,7インチなどの専門店舗が並んで立っている。ここも驚いた。何しろ値段が安い。お茶の水で3000円くらいするようなものもせいぜい5ポンド,きちんとした英国プレスのものが軒並み3ポンド,2ポンドという値段。地下のジャンクコーナーも十分聞けるものが全部1ポンド。これは大変だ,ということで日を改めて出直し,結局2人で50枚くらい買って合計150ポンドそこそこだった。

この店ではレコードに写真のようなシールが張ってある。最初のマスは店頭に初出の時の値段(このレコードの場合は5ポンド),しばらく経って売れないと1ポンドずつ値引きされ(私が買った値段は4ポンド),それでも売れないとまた隣のマスにもう1ポンド値引きした値段が書き込まれるという仕組み。私が買ったものにはこれらのマスがもうほとんど埋まって値段が1ポンドになっているものも何枚かあった。このシールには見覚えがあったので調べてみたら,ある雑誌に有名な評論家がイギリスの中古盤屋について書いていた記事で見たのだった。その記事では自分だけが知っている会員制のレコード屋で店主とも懇意になってやっと買ったレコードみたいに書いてあったが,なんのことはないごく普通のチェーン店だったんだよねえ。



ジャケ買いで何が悪い(03/05/30)

ベートーベン,メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲
ムローヴァ(Vn.),ガーディナー/オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティーク
PHILIPS 473 872-2 

このコーナーもずいぶん久しぶりの更新。その間もレコードやCDは大量に買っていたけれども,落ち着いて感想をまとめたりする暇がなかった。大量に買ったとはいっても例によって過去の名盤中心の買い物で,新譜といえるものはブレーズのいくつかのグラモフォン盤(「大地の歌」と新ウエーベルン全集はそれぞれ愛聴盤の一つになった)とムローヴァの弾くいくつかのフィリップス盤だけだ。なぜムローヴァか,といえば彼女のルックスとか雰囲気であって,最初は演奏が特別によいとは思わなかった。一般にムローヴァは「通好み」の演奏家ではなく,面白くない,つまらない,テクニックだけみたいなことを言われることが多いように思う。確かに私も彼女の演奏がとても面白いとは思わなかったし,どちらかというと堅い,余裕のないものに聞こえた。でも同世代(私の方が少し若いが)のこういう感じの女性が,生真面目に一生懸命ガリガリバリバリと弾いている,ということ自体が,自分にとってのムローヴァの魅力だったと思うし,その点でやはり演奏も気に入って聴いてきたのだと思う。

でも,ムローヴァのそういう雰囲気が変わってきたのはブラームスのソナタ全集あたりからだった。少しずつ優しさや深みや余裕が感じられるようになった。でも基本的なところで「こういう感じの女性がガリガリバリバリ」というのは変わらなかったし,最近彼女は古楽器を使ったり古楽風のアプローチをするようになって,そうした余裕はふたたび影を潜めたようにも聞こえた。ポップスやジャズの曲を集めた「Through The Looking Glass」などは軽い内容なのに生真面目すぎて痛々しい感じすらした(それが良いのだ,ともいえる)。そこにこのベートーベンとメンデルスゾーンである。

発売前から注文して待つなんてことをおそらく十数年ぶりにしたけれど,期待は裏切られなかった。このムローヴァはいままでとはなにか決定的に違う気がする。以前のちょっと一本調子なところは全くなくダイナミクス豊かだし,弱音がとても美しい。必要なところでは遅めのテンポをとって十分に歌う。まさに巨匠の境地といってもそれほどほめ過ぎじゃないのではないか。オケは最近の味わいのない響きだけれど楽譜の細かい音がきちんと聞こえるところは良いし,全体のテンポ設定もとても納得できる。ベートーベンはもちろんすばらしいが私は再録となるメンデルスゾーンの方が感心したなあ。その上このジャケットだ。ムローヴァちゃん萌え〜,ってことですな。



涅槃交響曲

死して作品を残す(01/11/26)

黛敏郎/涅槃交響曲
シュヒター/NHK交響楽団
東芝 JLC5003 

ジョージ・ハリスン危篤の報を聞く。最近は自分の死についてもあれこれ考える。子どもが成人するまでは生きていたいとも考えるが,それはそれで厳しすぎるとも思う。適当なところでいってしまいたいとも思う。東京出張で黛敏郎の「涅槃交響曲」,初演直後に録音された有名なレコードのオリジナルを見つけた。モノラル。むかし何度か聞いた同じレコードの再発盤はステレオだったように思うが,あれは疑似ステレオだったか。黛は晩年はこれといった作品もなく,民族派右翼の(あまりぱっとしない)論客,テレビの音楽番組の司会者として知られ,数年前に亡くなっている。私は彼の政治的立場などにはまったく共感しなかったが,この曲と「曼陀羅交響曲」,バレエ音楽「舞曲」など,昭和30年代に書かれた作品は,名作だと思う。梵鐘の音を解析してオーケストラに奏でさせ,男性合唱に経文を朗誦させるという構造は何度聞いても新鮮だし,感動的だ。シュヒターとN響の演奏も曲にきちんと共感した,とても優れたものだ。毀誉褒貶はあっても,この曲によって黛は歴史にきちんと名を残したと思う。私は自分の死んだ後に何を残せるか。

ところで,このレコードは学校の図書館から放出されたものらしく「大妻学院 高校 38年1月」というシールが張られている。音楽の時間にこの曲を聞かされた当時の女子高生たちは何を思っただろうか。

eurodisc S 70 307 KK

謎の「アンセルメ/運命」(01/01/30)

ベートーベン/交響曲第5番
アンセルメ/スイスロマンド管弦楽団
eurodisc S 70 307 KK

東京出張で変なレコードを見つけた.アンセルメ指揮のベートーベン「運命」と「エグモント」のカップリング.このレコード自体は別に珍しくもないし,すでに60年代プレスの英Ace of Diamonds盤と国内盤初回プレスのロンドン盤を持っており,愛聴盤のひとつだ.ところが,これはドイツプレス,その上デッカ系のレーベルでも,ロンドンレーベルでもなく「オイロディスク」レーベルなのだ.それで,あろうことかカッティングは英国,それも「ZAL-4075-1E/4076-1E」の初回カッティングなのだ.

当時ドイツではテレフンケン(現在のテルデック)がデッカのレコードを販売しており,これらFFSS録音にはちゃんとデッカレーベルのドイツ盤が存在する.それなのになぜこれはオイロディスクレーベル(発売元はアリオラ・ソノプレス社)なのか? 謎は深まるばかり.当時は一部のデッカ原盤がオイロディスクから出ており,これ以外にもデッカ原盤のオイロディスクがあるのか,それともこの演奏,このレコードだけが何らかの事情でオイロディスクから発売されたのか? まったくわからない.プレスは非常に質の高いもので,私の目にはテレフンケンのプレスのように見え,内袋もテレフンケンのものだ.このへんも何かのヒントか.

さて肝心の音質だが,初回カッティングに優れたプレスが相俟って,私の持っているどのプレスよりも好ましい音質.これ以上を望むなら英国オリジナル初回プレスしかないだろうと思う.英国初回プレスはイギリスから輸入しても15000円以上,ちなみにこのレコードは1600円だった.珍しいものにすべて金銭的価値があるわけではない.(06/05/10加筆 やはりアンセルメのオイロディスク盤は他にもあり,いままでにドビュッシーの「遊戯」「舞曲」デュカの「ラ・ペリ」を収めたS70305KKと「ボレロ」「パシフィック231」「魔法使いの弟子」「ラ・ヴァルス」を収めたS70715KKの2枚を入手した。いずれもZAL原盤で音質はすばらしい。)

HRS1004-EV

文明の衰退とノスタルジー(00/07/01)

モーツアルト/ブラームス クラリネット四重奏曲
レジナルド・ケル(cl.),ファインアーツ四重奏団
コロムビア HRS-1004-EV

いまの文明はすでに衰退に向かっている.その証拠に,ほとんどすべてのものは古いほど質が良く,新しくなるほど雑で低質だ.多くの人がそれに気づいていて,古いものがよく売れる,古いものを探している人がたくさんいる.とくに音楽はそうで,クラシックなら往年の名指揮者のモノラルCDが飛ぶように売れる,ポップスなら気の利いた奴はみんなバカラックやバリー・マンなんかに詳しい.ディープパープルやクリムゾンのリマスターCDがレコード会社を支えている.だって,今のものがつまらないんだもん.それはただのノスタルジーではない.
ケルは英国出身のクラリネット奏者で,戦前はロイヤルフィルで働き,戦後はアメリカに移住してソリストとして活躍した.戦前にブッシュ四重奏団と共演したブラームス(HMV原盤,CDもあり)は五味康祐をして「神品」といわしめたものだが,このレコードは戦後のステレオ録音.ファインアーツ四重奏団はブッシュよりかなり落ちるけれど,ケルの演奏は戦前版よりわずかにザッハリヒで正確,表現も深まっている.しかし,ケルの細くてしなやかな音色,深いヴィブラート,白い音符はすべて押す,フレーズの頭は全部当てて音を濁す.今の吹奏楽的クラリネット奏法では「最低」と言われることをすべてやっている.「今はそういう時代じゃない」というけど,じゃあ今の時代の音楽は,クラリネット教育はこのケルの演奏より何か優れた,あるいは価値のあるものを生み出しているのだろうか.あなたたちが失ったものは大きく,それは実は「音楽そのもの」であったのかも知れない.音がきれいで音符が均等なだけの空疎なハリボテには私は興味がない.
小学4年の時(1972年)に生まれて初めて買ったクラシックのレコードはこれと同じシリーズの「コロムビア1000円盤」,渡邊暁雄指揮日本フィルの白鳥の湖だった.それは今も持っているけど,ジャケットに封入されたカタログにケルのこのレコードがあることに最近気付き,探していたものをお茶の水で二束三文で発見.原盤は米デッカだと思うけれど,このレコードはエヴェレストレーベルになっている.

CS6031

アメリカ盤ジャケットの楽しみ(00/06/26)

ストラヴィンスキー 「春の祭典」
アンセルメ指揮 スイスロマンド管弦楽団
米LONDON CS6031

先週届いたアンセルメ指揮「春の祭典」のアメリカオリジナル盤,このジャケットには驚いた.まるでコクトー監督の映画のサントラ盤,作曲はジョルジュ・オーリックという雰囲気.同じ英デッカ原盤でもイギリス盤は比較的落ち着いた,上品なジャケットが多いのに対して,米ロンドン盤の特に初期盤はこういうド派手ジャケットがかなり多い.私がクラシックを聴き始めた頃にはこれらがまだ現役で売っていて,石丸電器の輸入盤コーナーなどで見かけると「こんな悪趣味なジャケット誰が買うか」とあきれたものだけど,最近米ロンドン初期盤のコレクションが増えて,見慣れてくると,これはこれで味があると思うようになった.中身はFFSS,溝アリの初期盤,音質については言うのもヤボ.
いっぽうお茶の水のディスクユニオンで見つけたフランク「交響曲」(やはりアンセルメ指揮,CS6222)は一転してブルーノートのジャズLPのようなモダンアート調.フランクのシンフォニーに青一色,っていうのは納得で座布団1枚という感じ.なんでもヨーロッパのお城の写真か印象派の名画,カラヤンの場合は彼の写真(これは外盤も同じだっけ,笑)という国内盤クラシックのジャケットの無個性,無内容とはまさに雲泥の差である.オリジナル盤集めには初期盤の音質ということ以外の楽しみもまだたくさんあるのだ.
お茶の水でのもうひとつの収穫はアンセルメがパリ音楽院管を指揮したラベル「ボレロ」,モノ録音の疑似ステレオ盤(英ECLIPSE ECS529)で値段も二束三文だったが,これが名演奏.とにかく音色が明るく,美しい.この曲が作曲された当時,どんな音色,どんなアンサンブルで演奏されていたかを知る重要な資料だ.みんなの好きなベルリンフィルでみんなの好きなライスターがソロを吹くボレロなんてやっぱり全然イケテナイんだなあとあらためて納得.ところで,前にも書いたアンセルメ最大の稀覯盤「シベ4」をついに英国に注文してしまった.50ポンド(これでも相場よりは安い).届くのは楽しみだけど,カードの支払いが恐い.また金のための文章を書かないとならない....

CS6018

「シェエラザード」もこれでお終い(00/03/07)

R・コルサコフ 「シェエラザード」
アンセルメ指揮 パリ音楽院管弦楽団
米LONDON CS6018

「こういうタイプの曲にはもはやあまり興味がない」と言いながらまた買ってしまった「シェエラザード」,アンセルメがパリ音楽院を振った方(1956年頃の録音)のアメリカ盤オリジナル.私が高校生の時に初めて買った「シェエラザード」はこの演奏,キングから出ていた「アンセルメの芸術」廉価盤だった.クラシック聴き始めの私はこれを大変気に入って毎日のように聞いたし,その頃これも始めたばかりのクラリネットでソロのパートを真似したりしていた(そんなことばかりで基礎練習をやらないので20年吹いてもちっとも巧くならないのだ).でもその後ブラームスやベートーベンも「ちゃんとわかる」ようになるとだんだん聞かなくなって,レコードも手放してしまっていた.はるばるフロリダから届いたのは「外溝盤」<レーベル写真>と呼ばれる,グルーブガードもないごく初期の英国プレスで,盤の状態はまあまあ.音はどうだったって? ノイズの向こうに広がる透明な音場,中音域のエネルギー,これぞFFSSオリジナル盤という音で,昔の感動が少しだけだけど蘇りました.なによりやっぱり往年のパリ音楽院の音! 最初のトウッティからピッチが合わない(笑).でも「アンサンブル」とはピッチやアインザッツが合うことではない,ということをこんなに実感させてくれる演奏は現代ではもう聴けないだろうね(最近の私は合わない演奏の方が高級に聞こえる,これは病気かも?).しかしこのジャケットのセンスは凄い.いかにもアメリカ盤,という感じだけど実はこのレコードはイギリス盤も同じ写真でほぼ同じデザイン.曲のイメージがそれほど明確ということか.


Ansemet-Bach

アンセルメ道楽も病膏肓に入る(00/03/06)

バッハ カンタータ集
ギーベル(sop.),アメリング(sop.)他,アンセルメ指揮スイスロマンド管弦楽団
英DECCA SXL6266,SXL6392

メールで注文したらシカトされて以来なにも頼んでいなかった英国ノッチンガムは LP Classics 社に久しぶりに注文した.WWW上のフォームからの注文だとちゃんと送ってくる.メールは届いていなかったのかな? 昨年以来の海外通販狂いの結果,大好きなアンセルメの「ゲテモノ」系録音はかなり手元に集まったけど,珍しくて値段が比較的高いものがまだ何枚か残っていた.今回はついにその系統に手を出してしまった.まさに「病膏肓に入る」というべきだ.送られてきたのは,

下の3つはNBや廉価盤の安いものだが,バッハは2枚ともWB,とくに6266は通販リストにも「rare」と書いてあっただけになんと50ポンド.こんなものに1枚1万円も出すのは異常だと自分でも思うが,とにかく持っていたい,アンセルメは揃えておきたいというコレクター心がそれをさせるのだ.ああでももうこんなことはやめよう.もう残るアンセルメ稀覯盤は「シベ4」(これは100ポンドくらいする)と「ドイツレクイエム」(CDは持っている),「ファウスト交響曲」(そんな曲知らない)くらいのものだし...
さて,アンセルメによるバッハのカンタータ演奏だけれど,期待に違わず立派な演奏.ギーベルやアメリングなどのソリストもよい.全体的には60年代風のロマンチックなものだけど,アンセルメの個性かときどき現代バッハ演奏的な「古楽風の響き」も聞かせる.問題があるとすればオケのとくに管楽器の響きと,合唱の粗さだろう.それでもアンセルメのレコードに出てくる合唱ではもっともまともな部類だ.
ベートーベンやブラームスの録音といい,このバッハといい,アンセルメがこうした「レパートリー外」の録音をたくさん残していることは,当時のデッカレコードがどれだけこの指揮者を重視し,尊敬していたかを示していると思う.いまならまったく考えられないことだ.なおSXL6392は「アンセルメ追悼盤」で,ディスコグラフィ付きのブックレットがついている.


MS6426

「技術のソニー」の栄光と陰とまた栄光(00/02/08)

マーラー 交響曲「大地の歌」
ヘフリガー(ten.),ミラー(ms.),ワルター指揮,ニューヨーク・フィルハーモニック
米COLUMBIA MS6426 

CBSのワルターのレコード(ステレオ録音)というのはずいぶん昔からソニーのレコードで愛聴していたけど,乾いた,質感のない音で,それでも演奏は最高だから,まあもともとの録音が悪いんだろうと思ってあきらめていた.ところが最近のSBM化されたCDはずいぶん音がよくなって,ああこんなによい音に改良されたのか,ソニーの技術はすごいもんじゃのう,と子ども時代からソニー党だった私は感心していたのだった.ところがこの「大地の歌」のアメリカ盤オリジナル(360度2つ目レーベル)を聞いてみてびっくり.むかし聞いていた国内版LPとは似ても似つかない芳醇で鮮度の高い音.分離ではCDに劣るものの,全体の品位はあきらかにこっちが優位.で,ああ,ソニーのレコードは音が悪かったんだなあ,日本の技術は低かったんだなあ,と嘆息してしまった.しかし,いっぽうで最新のCDはかなりよくこのオリジナル版の音を再現している.むかし音の悪いレコードを売っていたのもソニーだけど,これだけのCD復刻を成し遂げたのもやっぱりソニー,がんばるじゃないか.そしてオリジナル盤のジャケットをよく見てもう一度ビックリ.なんとこの録音(1962年)にはソニーのマイク「C37A」が使われているのだ(ライナー写真).これ,たしか「8時だよ全員集合」でいつも長さんの前に立っていた,あのマイクだよね.うーん,やっぱりソニーはたいしたもんじゃのう,と予定調和的に話は終わる.

ML5060

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(00/01/14)

グレン・グールド(pf)
米COLUMBIA ML5060

Louis Speichlerのカタログにこのグールドのデビュー盤(1955年)のオリジナルが廉く出ていたので取ってみた.実はグールドのこの演奏はレコードもCDも持っていなかったし(晩年の再録はCDというものが出て最初に買ってみた1枚でいまも愛聴盤).届いたものはジャケット,盤の状態も値段($25)の割に良かった.ジャケット<拡大写真><ジャケ裏写真>は表面にきちんとコーティングがされている.最初手に取ったとき妙に分厚いジャケットだなあと思ったら,中にもう一つ,インナースリーブというよりインナージャケットとでもいうべき,厚紙できちんと作られたジャケットが入っている<写真>のにはビックリ.レコードが贅沢品だった時代の豪華な仕様だ.レーベルは6つ目のコロムビア<写真>,これがオリジナル初版なのかどうかはちょっと知識がなくてわからない.音質はSP的な芯のあるもので,以前聴いた復刻CDより好ましいものだった.といってもなんとか聴けるようになるまでにはニッティグリッティマシンで繰り返し洗浄する必要があったけれど.演奏についてはネット上でもほかの人がたくさん書いているだろうが,再録盤とはまったく違う演奏,わたしはどちらもそれぞれすばらしいと思う.


STS15143

アンセルメの「悲愴」なんて誰が聴く?(99/12/3)

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
エルネスト・アンセルメ指揮 スイスロマンド管弦楽団
米LONDON STS15143

アンセルメの録音には詳しいつもりだったのに,こんなレコードがあることは最近まで知らなかった.最初英デッカ盤がイギリスの中古屋のカタログに出てたときには誤植だと思ったが,アメリカの中古屋にも米ロンドン盤が出ていたので実在を確信し,取り寄せてみた.盤面のマトリックスナンバー(ZAL3436/7)からみると1956年か57年のステレオ最初期の録音だが,日本で出ていた記憶はない.日頃メンゲルベルクやムラヴィンスキーなど「筋肉質」の演奏で聞き慣れているので,このサラッと水っぽい演奏は逆に新鮮だし,なによりこの曲が「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」と同じ作者のものであることを再認識させる演奏.ところどころでなんだか特定の情景が目に浮かぶような気分になる.録音も初期FFSSの透明感のあるすばらしいもので,オーディオ的にも楽しめる.しかしアンサンブルはいつものように粗く,3楽章ではテンポが崩れてドキッとさせられるのもご愛嬌.これを買うついでに何枚かアメリカから取ったけど,どれもジャケットの傷みもひどいし,盤面もわがニッティグリッティマシンで掃除しない限りとても聞けないようなものが混じっていた.それでイギリスの店より高い.どうもクラシック海外通販はイギリスの方がお買い得であるようだ.

英デッカの古いプレス,これは乙なものですよ(その2)

SXL6062

英国ノッチンガムの LP Classics に注文していた古いレコードが届いた.すべてアンセルメ指揮スイスロマンド管弦楽団による1950年代〜60年代の演奏で,アンセルメとしては少し珍しいレパートリーが中心.

SXL6121 SXLナンバーのものはいわゆる「デッカ大レーベル,ワイドバンド<写真>」のオリジナル盤で20ポンド(約3600円)以上したけれど,他は廉価版なのでなんと一枚3ポンド(約540円).航空便送料25ポンドを入れても,東京や札幌の専門店で買う2/3程度の出費で済んだ.盤の状態やジャケットの程度も満足できるもので,いい買い物だった.ブラームスとベートーベンはCDにもなっているので聞いたことがあったけれど,他はすべて初聴の演奏.結論からいえばどれも非常にまともで清潔な演奏です.ふつうの趣味からいえばゲテモノ度の高いのはシベリウスだけど,とくに管楽器の音色など今聴くとちょっと奇妙ではあるがテンポ等に独特の説得力のある録音.ブラームスはところどころ弦のアンサンブルが雑なのは残念だけどやっぱり名演奏だった.バルトークもすべて立派な演奏で,どうしてこれらが(LP時代も現在も)日本でほとんど発売されないのか不思議に思う.アンセルメのベートーベンやブラームスを聴いていると,とくに管楽器を中心にふつうの演奏では聞き慣れない音やパッセージが聞こえて,あれ,と思ってスコアを調べるとちゃんと書いてある,ということが多い.私の持論ではふつう聞こえない音が聞こえてくる演奏はいい演奏,ということになっている.
 確かに,楽器のピッチとアインザッツが合っていることでしか演奏が評価できない吹奏楽的な感性には耐えられない演奏かも知れない.しかし楽器の音程や和声が正確だとか,細かい音符が均等に弾けるとか,伸ばす音符の頭を当てないとか,後半を押さないとか(なんか具体的になってしまった...)そういう種類のことがそんなに大切なんだったら,どうしていまだにフルトベングラーやシゲティやカザルスの古いレコードが愛聴されるのでしょうか(99/11/19).



POCL1884/5

ショスタコービチ:24のプレリュードとフーガ

アシュケーナージ(pf.)
DECCA POCL1884/5 

ショスタコービチは好きで,交響曲や協奏曲はけっこう集めていたけれど,この曲はいままで聴いたことがなかった.ショスタコービチはバッハの平均律をイメージしてこの曲を書いたそうだけれど,一聴してほんとにバッハに聞こえるので驚いた.もちろん曲調はショスタコそのもので,おなじみのタンタカタンタカやチーチラチーチラのリズムもたくさん出てくるのに,平均律を聴いてるのと同じような感じがする.おそらく,バッハと共通する精神がここにはあるのだ.バッハの音楽は真摯な求道や信仰と世俗的な欲望,諧謔や皮肉,時には怪奇趣味(?)みたいなものまでが綜合されてるところがすごいのだけれど,ショスタコービチにもそういうところがある.そこに真面目なものだけを見るのも間違いだし,不真面目な面だけを見るのも間違い.そういう点でバッハとショスタコービチの扱われ方は鏡の両側だ.交響曲ではマーラー,ブルックナーが終わってこんどはショスタコービチブームだとか言ってるが,そんなことにはならないだろう.マーラーやブルックナーの大交響曲を好む(実は)権威主義的で近視眼的な感性はきっとショスタコービチを楽しまないから(彼らが好むのはせいぜい「革命」と「祝典序曲」だけだ.絶望的吹奏楽的感性).だって,若い男の子たちがバッハにシビレルなんてことがあったか?
ちなみに,アシュケナージの演奏は簡潔で正統的.録音はレンジ感やメリハリはかなり控えめだが聞き込むと良さがわかる優れた仕上がり(99/7/23).


POCL4716

ブラームス:ヴァイオリンソナタ全曲

クーレンカンプ(Vn.),ショルティ(pf.)
DECCA POCL4716

これまでロンドンレーベルで発売されていた英デッカ原盤の国内盤が,デッカレーベルに変わった.わかりやすくていいが,長年ロンドンレーベルに親しんできたものにとってはちょっと寂しい.デッカ創立70年ということで古い録音が数多く新装発売されている.これもそのひとつ.
クーレンカンプはとても好きなヴァイオリニストで,手に入る録音はほとんど集めている.しかしこのブラームスに関しては,録音があることも,英デッカのEclipseシリーズでLPが発売されていたことも,そのレコード番号も知っていたし,探してもいたけど手に入るどころか実物を見ることもできなかったもの.こういう再発は大歓迎だ(セールス的には「ショルティのピアノ」の方が売りなんだろうなあ...).
クーレンカンプはもともと音色も細く,音程などに不安定さがある人で,好調なときにはそれがかえって精妙さを醸し出していた.この録音は最晩年のもので,脊椎の病気もかなり進行してから亡命中のスイスでとられたものだ(1947-48年録音).技術がかなり衰えているのは明らか.
むかし晩年のホロビッツが来日したときに「ひびが入った壺」と評した人がいたが,ひびは入ってもホロビッツは超一級の骨董品であった.同じことはこの演奏にも言える.明確な意志と格調の高さは衰えた技術+SP復刻の針音という悪条件を越えて訴えかけてくる(もともと控えめな演奏をする人なのでシゲティみたいな「老いたゆえの気迫」って感じにはならないけど).この曲の愛聴盤がまたひとつ増えた(2JUL99).

SXL2268

リムスキー=コルサコフ:シェエラザード

アンセルメ指揮 スイスロマンド管弦楽団
英DECCA SXL2268

久しぶりに東京に行ってレコード屋をのぞいた.今回は大収穫で,ずっと探していたクライスラー(vn.)のブラームス協奏曲(バルビローリ指揮の新しい録音の方,WRC SH115),アンセルメの英雄(LONDON STS15069)が見つかった.それより最大の収穫がこのシェエラザード,イギリス盤オリジナル番号,オリジナルジャケット(写真をクリックするともっと大きい写真が見れます)の美品.中身もオリジナル(溝付き大レーベル)なら市価7〜8万は下らないところだけれど,中身は70年代のプレス(小レーベル)なので値段は4200円.これはかなりリーズナブルなお値段だと思う.音は現行のCDに比べるとメリハリは控えめだけれど鮮度が高く,奥行きや横方向のパースペクティブが深くて透明.溝付き大レーベルだとこれにもうちょっとエネルギーが加わると思われるから,高価でもオーディオマニアが探し求めるのはよくわかる.実際にはこういうタイプの曲にはもはやあまり興味がないのだけれど,オーディオ的な魅力は捨てがたい.東京では愛用のSHURE V15typeIIIの交換針も手に入った.これでアナログはしばらく安泰(21JUN99).

Zimman Sym.9

ベートーベン:交響曲第9番

ジンマン指揮チューリヒトーンハレ管弦楽団
独ARTE NOVA 74321 65411 2

楽しませてもらっているジンマン指揮の新ベーレンライター版ベートーベン全集,ついに第9も出て残るは1,2番のみとなった.第5,6でびっくりして,第7で感心して,英雄で納得して,期待していた第9だけれど,まあ期待通りだった.予想していた通り,やっぱり快速,あいかわらずオケは達者,今回も管楽器奏者の名人芸が聞かせる.声楽もソリスト,合唱共に水準以上.これは聞くべきCDだし,1000円前後で買えるのだから本当にお買得だ.でも,これまでほど面白くは感じなかった.このスタイルに慣れてしまったというのが一因.この全集(未満)では私は第7が最も優れた演奏ではないかと思う.第9では個人的にはフリッチャイ指揮のDGG盤が好きだ(リヒター指揮のマタイ受難曲のソリスト達が第9を歌っているレコード)(13MAY99).



マーラー:交響曲「大地の歌」

フェリア(contralt),パツァーク(tenor),ワルター指揮ウイーンフィルハーモニー 1952年録音
LONDON POCL9961 

高校生時分はマーラーが大好きで,毎日のごとく聞いていたけれど,そのうち飽きてしまい(全体に内容が希薄なゆえ),いまはレコード棚でもバッハ,ベートーベン,ブラームスが一番大きな幅を占めるようになった.それでも第9交響曲と大地の歌だけは今も時々聞く.この2曲には未だ何か特別なものを感じる.ただし,大地の歌に関してはこのワルターのレコード以外は聞かぬ.テナーのパツァークは声も細く明らかにヘタな歌手だが,それが却って緊張感と皮相さを醸し出していて鬼気迫るものがある.フェリアーの声も癖があって独特で,それもまたこの曲に合う.特筆すべきはウイーンフィルの音.爛熟も爛熟,腐りかけの霜降り牛肉の如き不健康美.こういう音は今のオーケストラには出せぬだろう.現在売っているCDのジャケットはオリジナルの初版LPのものを復刻しているのがうれしい.初版LP(英デッカ)は2枚組で,3面までが大地の歌,4面がフェリアー独唱の「リュッケルトの詩による歌曲集」であった.それをそのまま復刻しているのでジャケットにはそれらの歌曲も明記されながらCDには入っていないところも愛嬌(26FEB99).

英デッカの古いプレス,これは乙なものですよ

学会で東京へ行ったついでに,中古レコード屋を冷やかしてきた.収穫は,およそ60年代後半から70年代前半にプレスされたと思しき,英デッカのオーケストラLP.例によってアンセルメ指揮,スイスロマンド管弦楽団の演奏で,

レーベル名でわかるように,どれも当時の「廉価盤」,録音自体は50年代のもので,オリジナル初回プレスではない.だから値段も1000円から2500円の間とリーズナブルだった.しかし,ベートーベンの2枚はそれぞれデッカの「ffss,溝付き大レーベル」といわれるタイプのもので,厚くて,堅くて,重い,明らかに60年代のプレス.これは札幌の専門店だと5000円とかする.

出張から戻って,荷物を解く間も惜しんで聞いてみた.もちろん,カートリッジはShure V15TypeIII,針圧はジャスト1グラム.

涙々...ほとんどはCDにもなっているし,国内版のLPを持っているものもあって聞き慣れたものだったけど,基本的な何かが違う.低域の重量感,中域の充実感とエネルギー,高域が薄くならずかつよく抜ける.古いプレスだけにノイズはかなり多いけど,音の魅力でほとんど気にならない.とくにベートーベン第5とエグモントの1枚は演奏自体もCDとはまるで違って聞こえた.エグモント序曲は大好きな曲だけれど,このアンセルメ盤は隠れた名演だ.アンセルメ指揮のドイツ音楽なんて,普通は誰も聞かない,でも透明なアンサンブルで木管楽器の動きが手に取るようにわかる演奏には独特の魅力がある.一部CDになっているので聞いてみてください.といってもこのレコードで聞かなきゃ良さがわからないかもなあ...(12OCT98)



マーラー:交響曲第9番

ピエール・ブレーズ指揮シカゴ交響楽団
Deutche Grammophon CD 457 581-2 

 日頃は新譜より「歴史的名盤」みたいなものばかり買っているんだけど,なぜか「最新録音」のこんなCDを買ってしまった.ジャケットが良かったからかな.
 聴いてみて「ブレーズも変わったなー」と思った.ぼくにとってブレーズはNYPとの「春の祭典」(古い!)シェーンベルクとかウエーベルン全集(これは愛聴盤)のイメージが強いし,昔のマーラー演奏(第10番アダージョ)でのひどく無愛想な演奏の印象は未だ鮮明だった.だから,最近マーラーの録音を増やしてることは知ってたけどとくに気にしてなかった.
 これは,そういう先入観とは無縁の演奏.全体的にはすごくオーソドックスで,歌うところ溜めるところはちゃんとやっている.きちんと「マーラー的に」感動できる演奏だ.それでいてすべての音がなんと明晰に聞こえることか(録音のせいではない).これまで気がつかなかった音型やオブリガートをたくさん発見した.ぼくの経験ではそういうレコードはよいレコードだ.この人のマーラー,もう少し聴いてみよう.
 録音に関しては「最新,最高の録音」らしいけれども特別に良くは感じなかった.そもそもうちのオーディオは新しい録音より古いアナログや復刻CDでチューニングしてるから,仕方ないのかもしれない.最新成金的オーディオで聴いたらすごいのかも(18MAY98,マーラーの命日).


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