ペットサウンズにはブラザーレーベル時代にリプリーズから再発されたレコードもある。もともとこれは1972年5月のアルバム"Carl and the Passions - So Tough"との2枚組(Brother/Reprise 2MS2083)という奇妙なフォーマットで発売されたあと,74年5月に単独で再発されたものだ。その年の6月に発売されるベスト盤"Endless Summer"でビーチボーイズリバイバルが始まる直前のことである。ペットサウンズがSNナンバーでキャピトルから再発されるのは1980年代に入ってからなので,10年弱の間ペットサウンズはアメリカではこれらのリプリーズ盤でしか手に入らなかったと思われる。
レコードのマトリックスは"MS-1-2197/ 2-2197"なので,Carl and the Passionsの単なるリイシューでなく再度カッティングされているようだ。ジャケット裏やレーベルに"This recording is pressed in monophonic sound, the way Brian cut it. "とクレジットされているように,音はモノラルである。ただ,溝の感じやステレオカートリッジで聞いた時の定位のふらつきなどから,ステレオのカッティングヘッドで切られたように見える。再生もモノラルカートリッジよりステレオカートリッジのほうが結果が良かった。音質はオリジナルのキャピトルモノラル盤に近く,後のキャピトル再発盤やCDのような冷たい音ではない。そんなに頻繁に見かけるレコードではないが市場価格は安いので,キャピトルオリジナル盤が高騰している現在,オリジナルに近い音をレコードで聞ける点ではお買い得だと思う。
ビーチボーイズのアルバムはアメリカでは"Wild Honey"まで,イギリスでは "Friends"まで,モノラル盤とステレオ盤の両方が発売されていた。ビートルズと同様にコレクション的にはそれぞれモノラルとステレオの両方を集めることが求められる。モノラルとステレオではミックスが違うことがよくあるし,音質的にもモノラルの方が中音域のスピード感があってロック的に聞こえるので通好みである。またビーチボーイズの場合はブライアンの耳の問題とフィル・スペクター礼賛で"Today"から"Smiley Smile"まではオリジナルがモノラル録音,ステレオ盤は疑似ステであることもモノラル盤の重要性を高める。
しかし初期の大名盤である "All Summer Long" のモノラル盤については別の問題がある。音質がひどく悪いのだ。もっともA面の曲とB面の "Girls on the Beach" までは(すごくよい音とは言えないまでも)とくに問題はなくて,B面4曲目の"Drive In" から急激に音質が悪化してAMラジオ並みの音になる。アルバム最後の名曲 "Don't Back Down" も同様で,少なくとも音質的にはステレオ盤を聴くべきである。どうしてこんなおかしなことになっているのかはわからない。英国EMIがこんなものをそのまま出すわけはないので英国プレスのモノ盤がどうなっているか気になる。一般に音質的にはオリジナルより英国EMIプレスの方が優れているのがビーチボーイズのレコードの面白い点で,中古価格も英国プレスの方が高い。
(12/08/05追記)最近イギリス盤の"All Summer Long"モノラルを入手したが,やはりB面4曲目以降はアメリカ盤と同様に音質が悪化していた。全体にアメリカ盤よりはましな音ではあるが,何千円も出して買う意義はあまりないと感じた。
ペットサウンズのイギリスオリジナル盤がモノとステレオの2種類揃った。どちらもレインボーレーベルの初回盤で,盤質も悪くない。私のペットサウンズ集めもとりあえずこれで一段落となるだろう。ジャケットは当時のイギリスEMIに共通の,コーティングされたジャケ表が折り返しザラ紙のジャケ裏に貼付けられたもので,モノラル(T-2458)にはジャケ右上に「mono」,ステレオ(ST-2458)では同じ位置に「stereo」と表記されている。もちろんステレオは疑似ステの Duophonic なのだが,アメリカ盤と違ってイギリス盤にはジャケにもレーベルにもその表示はない。ジャケ裏にはモノラルは「CAPITOL RECORDS HIGH FIDELITY RECORDING」の表記,ステレオは「Capitol FULL DIMENSIONAL STEREO」のマークとステレオ盤特有の取り扱い注意が印刷されている。内袋は2枚ともまったく共通のキャピトル専用アドインナーが付属しており,これがオリジナルと思われる。
レーベルはモノラルとステレオでデザインが大きく違う。モノラルのマトリックスは「T1-2458-1/T2-2458-1」でいわゆる「両面マト1」であるのに対して,ステレオ盤は「DT1-2458-B20/DT2-2458-A19」でずいぶん進んでいる。内袋が同じなことからプレス時期はそう離れていないと思うので,当時たくさん製造されたのはステレオ盤なのだろう。アメリカ盤では疑似ステのカタログNo.は「DT-2458」だが,イギリス盤はマトリクスだけDTで,カタログNo.は「ST-2458」になっている。これはキャピトル Duophonic 原盤のイギリス盤に共通した特徴だ。
レコードの音質について述べるのは難しいが,アメリカ盤と音がかなり違うのは確かだ。とくにモノラル盤の音は高域寄りでキラキラしており,暗くしっとりしたアメリカ盤モノラルとはまったく違う,疑似ステ盤に近いバランスだ。個人的にはこのイギリス盤モノは Duophonic のマスターをモノラル化したものなんじゃないかと考えている。ビーチボーイズのイギリス盤はアメリカ盤よりワイドレンジで繊細な音がするので,本来のモノラルマスターをイギリス盤で聴きたかったなあと思う。いっぽうでビーチボーイズの擬似ステレオは昔思っていたほど悪い音ではないとも感じている。とくにグラドなどアメリカ製カートリッジで聴く Duophonic の音は,それはそれで納得させる世界を持っている。